週刊誌やテレビ報道で、芸能人やスポーツ選手の私生活に関する報道をよく目にする方も多いものと思います。
どんな人と交際しているかとか、子どもがどこの学校に行っているかとか、芸能人になる前のプライベートであるとか、そういったものから、些細なことに至るまで、よくあからさまにするものだなと感じることはないでしょうか。
確かに、芸能人やスポーツ選手は、不特定多数の人から見られるのが仕事のうちと言えばそうなのですが、そうは言っても、見せたくない極めてプライベートな事項や私生活を暴露されて、そういう職業だから甘受しろというのも酷な話です。
一方で、事実を報道したり、伝えたりする立場に対する、報道の自由というものにも配慮が必要ですから、一般の方にとっては、プライバシー侵害とみなされる事項も、芸能人やスポーツ選手では、かなり広く報道が許容されるのは、そのとおりです。
しかし、芸能人における芸能関係の仕事やスポーツ選手のスポーツ関連の仕事とは全く関係のない、私生活を暴露されることは、やはり、一般の方同様、プライバシー侵害に相当することが疑われます。
近年、例に挙げられることの多い裁判例を見てみると、どのような程度に至ればプライバシー侵害とみなされるのかが明らかになってきます。
自宅で過ごす姿がプライバシー侵害
平成28年7月27日 東京地裁判決
病気療養中の有名歌手の自宅内の姿を撮影した写真を週刊誌に掲載した出版社に対して、550万円の損害賠償の支払を認めた判決です。
撮影したカメラマンが望遠レンズで室内にいる対象者を撮影しており、軽犯罪法ののぞきにあたる行為であったという部分も加味されているのかもしれませんが、「芸能人であることが、自宅で過ごす姿をのぞき見られることの違法性を軽減する理由にはならない」として、プライバシー侵害を肯定しています。
濃厚キスの写真や記事がプライバシー侵害
平成16年11月10日 東京地裁判決(判例時報1907号50頁)
プロサッカー選手の濃厚キスを見出しや写真、記事で報道した週刊誌の出版社に対し、プライバシー侵害を認めた事例です。
この件では、撮影した人がその場にいた一般人で、当人も撮影を了承していましたが、週刊誌を通じて、公表されるとは想定していなかったもので、裁判所も、撮影の了解と公表は別問題としています。
「親密な交際やキスの事実、特に濃厚なキスの事実及びその状況は、極めて私的な事項であり、プライバシー保護が要求される程度が高いものである。しかも、写真は、その情景をそのまま伝えるものであるため、文章による場合に比し、被害者の受ける苦痛がより大きくなると考えられる。」と判示しています。
芸能人になる前の写真や芸能人になった後の通学中や休暇中の写真掲載がプライバシー侵害(自宅実家の住所や写真も含む)
平成16年7月14日 東京地裁判決(判例時報1879号71頁)
平成18年4月26日 東京高裁判決(判例時報1954号47頁)
平成25年4月26日 東京地裁判決(判例タイムズ1416号276頁)
著名な女性アイドルグループのメンバーの芸能人となる前の写真や芸能人となった後の通学中その他私的な状況にある場面での写真並びに実家ないし元実家の所在地等に関する記述および写真を掲載した書籍の出版社に対して、アイドル個人のプライバシー権を侵害するものであると判断し、損害賠償請求を認めています。
出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等に関する一連の記述がプライバシー侵害
平成12年12月25日 東京高裁判決(判例時報1743号130頁)
プロサッカー選手の半生に関して上記内容を記述した書籍の出版社に対し、「私事性の強い」、「私生活上の事実」の記載は「一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄に属する」として、プロサッカー選手からの損害賠償請求を認めています。
自宅や実家の住所及び写真がプライバシー侵害
平成9年2月12日 神戸地裁尼崎支部判決(判例時報1604号127頁)
平成9年6月23日 東京地裁判決(判例時報1618号97頁)
平成10年11月30日 東京地裁判決(判タ 995号290頁、判例時報1686号68頁))
一つ目の裁判例は、宝塚スターの住所表示や最寄駅から自宅までの地図や写真を掲載した雑誌の出版社に対し、芸能人も「住居情報を他人によって公開されない利益を有し、この利益はプライバシー権利の一環として法的保護が与えられるべき」として、プライバシー侵害を認めています。
後2者は、ジャニーズのアイドルの自宅住所や写真などが掲載された書籍に対し、プライバシー侵害であるとして、この書籍の出版差し止めが認められています。
これらの裁判例では、保護利益を「私生活の平穏を享受する人格的利益」であるとしたり、「一般に、個人の自宅等の住居の所在地に関する情報をみだりに公表されない利益は、プライバシーの利益として法的に保護されるべき利益」であるとしたりして、芸能人でも同様に保護されるとしています。
報道の自由との兼ね合いをどう考えるか
上記の裁判例をみると、芸能人やスポーツ選手のプライバシー侵害は、一般人レベルとまでは言えないかもしれませんが、それに準じるほど、思った以上に広く認められるものと考えられるのではないでしょうか。
一方で、このようなプライバシー侵害の訴訟において、訴えられた相手から出て来る抗弁の最たるものは、報道の自由や公益性といった主張です。
裁判所は、この報道の自由とプライバシー侵害の優劣について、諸事情の比較衡量をしたり、公表する事実内容に公益性があるかといった点を加味し判断に至っているようです。
しかし、犯罪事実の報道ならまだしも、単なるプライベートな事実や写真の無断公表が個人のプライバシーに優先するものとは考えられませんし、公益性があるとも見られないのが一般的だと思われます。
なお、芸能人やスポーツ選手が公人(政治家等)としての立場も有している場合、私生活の事実であっても、有権者の政治批判(投票行動)に大きく影響を与えるものでもありますので、報道の自由の優越や公益性が広く認められることがあるとされることも多いでしょう。
名誉棄損やパブリシティ権侵害とは区別が必要
マスコミによる報道に対する損害賠償請求で、プライバシー侵害と並んでよく挙がるのが、まず名誉棄損です。
プライバシー侵害と名誉棄損は、同一の報道行為に対する損害賠償請求において、重複して成立することもありますが、その概念は異なります。
名誉棄損は、具体的事実を不特定多数に説明して、社会的評価を低下させるものなのですが、プライバシー侵害は、人に見られたくない私生活上の事項をあからさまにされるというもので、2つの間には違いがあります。
社会的評価の低下がないような私生活上の事柄でもプライバシー侵害となることは考えられますし、逆に、私生活上のことでなく芸能やスポーツの仕事にかかわる事実関係でも、社会的評価を低下する事実であれば、名誉棄損となることが考えられます。
また、パブリシティ権というものの侵害が併せて主張されることもよくあります。
パブリシティ権とは、商品の販売等を促進するといった顧客吸引力を持つ著名人の氏名や肖像について、著名人の人格的利益から排他的に利用出来る権利とされています(平成24年2月2日最高裁判決)。
この権利は、侵害者が「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に」不法行為が成立するとされています。
商品の販売を促進する目的を主とした形で無断で有名人の肖像を用いるような事例が想定されているのです。
したがって、プライバシー侵害の典型と言える私生活の事実の暴露のケースでは、プライベートな写真をかなり多数掲載しているようなものでない限り、専ら顧客誘引力の利用を目的とするものに該当することは難しいのではないでしょうか。
このことにより、プライバシーと併せてパブリシティ権の侵害が認められる事例は少ないと見られます。
※令和4年12月2日追記
関連する話題として、令和4年12月1日の東京地方裁判所判決において、お笑い芸人の方のプライバシー権を侵害したとして、週刊誌の発行社に損害賠償責任が認められたとの報道がされております。
具体的内容は、上記報道によるところ、お笑い芸人の方の個人的なzoom飲み会における同人行為に関し、同人の性的羞恥心を害させるキャプチャー画像を週刊誌上に掲載したというものです。
週刊誌発行社側は、zoom飲み会の相手女性の意に反して、当該芸人がセクハラ行為を行ったから報道には公益性があると主張したように推察されますが、東京地裁は、その意に反したかどうかは立証されなかったとしてプライバシー権侵害を肯定したようです。
有名な芸能人がセクハラ行為を行ったとすれば、社会的影響も含めて、その事実の報道には公共の利益があるとは思います。
しかし、仮にセクハラ行為がある場合だったとしても、その事実報道のために、当事者を辱める画像を敢えて掲載する必要があったかどうかという点も議論になるべきかと感じます。
本件を弁護士に依頼すると…
まずは、報道の内容が事実か否かを確認したり、事実でなければ、誤報道であったことを立証するための証拠固めをしていきます。
ある程度、方針や証拠が固まったら、内容証明郵便にて、報道した会社に対し、損害賠償請求や謝罪文の掲載を求める通知を行います。
この段階では、あくまで任意の交渉です。
双方、話合をしても、折り合いがつかないということであれば、訴訟に移行するか否か、追加費用を含めて、依頼者様とご相談させていただくのが通常の流れです。
訴訟となる場合、訴状を作成して訴訟申立をし、弁護士が代理人となって、期日に対応します。
訴訟は、尋問を行うなどの最終段階でない限り、基本的に、依頼者様が期日に出頭される必要はありません。 訴訟では、流れによっては、尋問に至る前後に、裁判所より和解のすすめがあり、和解解決することも多いです。
※エンターテインメントをめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。
併せて、ご閲覧下さい。
「恋愛ゲームが歴史ゲームよりもストーリー展開を評価された事案」