未婚で交際中の男女が、性交渉を持って女性が妊娠に至るということは、世の中ではよくある事例です。
最近の政治家とアナウンサーの事例ように、妊娠をきっかけに、子どもを出産することとし、交際から結婚に発展するというのは、このパターンの最も自然な流れでしょう。
ところが、女性が妊娠をしたとしても、何らかの理由で、結婚に至ることなく、悲しいことですが、女性側が中絶に至る事例もあります。
男性側に誠意ある対応があればトラブルになることは多くないと思いますが、そうであっても、妊娠を機に、男女が別れることとなると、大きな争いが生じることもあります。
この場合、中絶をすることになった女性側としては、相手の男性に対し、何らかの損害賠償請求をできないのかという疑問が湧くのは自然な感情だと思います。
果たして、中絶に至った女性からの損害賠償請求というものは認められるのでしょうか。

そもそも婚約が成立しているのか
中絶の損害賠償請求を論じる前に、まず押さえておきたいのは、別れるに至った男女の関係について、婚約(婚姻の予約)が成立していたかどうかです。
婚約破棄に関する以前のブログでご紹介しましたが、交際中の男女が婚約関係にある場合、一方的に婚約を破棄した相手方に対する損害賠償請求が可能です。
このため、婚約状態にあった男女で、女性が妊娠し、その後、女性が男性から一方的に婚約破棄されて中絶に至ったというケースでは、婚約破棄の損害賠償請求の中に、中絶に至った慰謝料であるとか、手術代相当の実費の請求を含めることは理論的に可能です。
したがって、婚約状態の男女においては、純粋に中絶に関する損害賠償請求の可否を検討する必要はないのではないかと思います。
損害賠償請求にはハードルがある
一方で、婚約関係にない男女における中絶の損害賠償請求の裁判例は幾つかあるのですが、現在、最も、参考とされている裁判例は、単に中絶そのものを女性がすることになったからといって、そのことだけをもって、相手の男性に対する損害賠償請求ができるとはしていません。
具体的には、中絶をめぐる経緯において、次のような事情があれば、男性の不法行為性が認められ、女性からの損害賠償請求が可能になると判断しています。
やや、長文ですが、裁判所の法的な理屈がわかりやすいので、ご一読頂ければと思います。
「胎児が母体外において生命を保持することができない時期に、人工的に胎児等を母体外に排出する道を選択せざるを得ない場合においては、母体は、選択決定をしなければならない事態に立ち至った時点から、直接的に身体的及び精神的苦痛にさらされるとともに、その結果から生ずる経済的負担をせざるを得ないのである」
「それらの苦痛や負担は、控訴人と被控訴人が共同で行った性行為に由来するものであって、その行為に源を発しその結果として生ずるものであるから、控訴人と被控訴人が等しくそれらによる不利益を分担すべき筋合いのものである。」
「しかして、直接的に身体的及び精神的苦痛を受け、経済的負担を負う被控訴人としては、性行為という共同行為の結果として、母体外に排出させられる胎児の父となった控訴人から、それらの不利益を軽減し、解消するための行為の提供を受け、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、この利益は生殖の場において母性たる被控訴人の父性たる控訴人に対して有する法律上保護される利益といって妨げなく、控訴人は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負うものというべきであり、それらの不利益を軽減し、解消するための行為をせず、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担することをしないという行為は、上記法律上保護される利益を違法に害するものとして、被控訴人に対する不法行為としての評価を受けるものというべきであり、これによる損害賠償責任を免れない」
(平成21年10月15日東京高裁判決)
裁判所は、長い文章で述べておりますが、要約するとこんな感じでしょうか。
中絶という行為は、女性側において、身体的苦痛、精神的苦痛、経済的負担を生じさせるものだが、これに至るきっかけは、男女の性交渉という共同行為であるから、相手の男性側にも、女性側の不利益を軽減したり解消したり、分担するなどの法的義務がある。
にもかかわらず、相手の男性がこういった行動を取らないとすれば、女性に対する不法行為となり損害賠償責任を負う。
以上の裁判例から見えてくることは、男性側の対応の経緯が非常に重要であるということです。
中絶に向けた女性側からの相談であるとか、経済的分担の話合であるとか、そういったものを男性が無視したり、誠実に対応しなかったりという経緯があって初めて、女性側は中絶による損害賠償請求ができるということになります。
したがって、男性が中絶費用等に関する女性からの相談に乗る姿勢を示し、費用の折半負担などをしている事例の場合は、女性が損害賠償請求を男性に求めるのは非常に難しくなってくるかと思われます。
ただし、男性側が手術代折半を拒否するのは論外であること
上記は、精神的苦痛の慰謝料を含めた損害賠償請求全般の話なのですが、損害賠償請求の費目のうち手術代等の実費の折半については、私見ですが、当然ながら、認められるべきものと考えます。
妊娠に至った性交渉は、男女二人で共同して行ったものである以上、中絶することにおいても、そこにかかる費用は男女共同で負うべきだと考えるのが自然だからです。
ちなみに、上記裁判例も、男性が誠実な対応を取らないことにより、男性の不法行為性が認められ、損害賠償請求できるという理屈を採用しています。
男性側に、中絶費用について半額の負担すら拒否したり、費用負担の話合に応じなかったりするといった姿勢があれば、男性の対応は明らかに不誠実で不法行為性を有することになり、女性の損害賠償請求(慰謝料も含む)が可能になりますから、男性側にとって、手術代折半を拒否する選択肢は考えられないということだと思います。
メールやLINEの保存が大切
まとめると、男性が中絶に向けた誠実な対応を取っている場合は、損害賠償請求を否定、そうでなく中絶のことも費用も女性に丸投げの場合は、損害賠償請求を肯定という結論に、それぞれ近づくように思われます。
ただ、費用負担だけが全てなく、中絶を余儀なくされる女性に対する精神的・身体的な苦痛を緩和するような対応も男性側に必要で、事案ごとに吟味する必要はあります。
このことから、中絶による損害賠償請求訴訟においては、男女間の連絡相談の経緯の詳細なやりとり(メール、手紙、LINEなど)が重要な証拠となりますので、当事者の方々におかれましては、これらの記録を間違いなく保存されることをおすすめします。
※男女関係をめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。
併せて、ご閲覧下さい。
