
つい先日ですが、元所属芸能人の芸能活動に圧力をかけていた疑いから、公正取引委員会が大手芸能事務所に対して、独占禁止法違反の恐れがあるとして注意したという話題がマスコミ報道に上りました。
上記は、芸能人が所属事務所を辞めた後の話ですが、所属中のみならず、事務所退所後にも実際に圧力をかける行為を行ったとすれば、驚かざるを得ません。
芸能人の多くは、事務所所属中、事務所との間で、重い足かせをはめられていることがよくあり、事務所をトラブルなく退所することに非常な困難が伴うこともあります。
やっとのことで、退所したにも関わらず、退所後も有形無形の圧力が加わっているとすれば、本当に気の毒な話だと思います。
今回のブログでは、芸能人と所属事務所との契約内容やその契約の性質に関する話題を取り上げたいと思います。

専属マネジメント契約に潜む拘束性
芸能人は、芸能事務所に所属する際、事務所との間で専属マネジメント契約書なるものを結ぶのが一般的です。
このマネジメント契約は、所属事務所が芸能人をマネジメントする一方で、芸能人は、芸能技術という役務を提供して、事務所から報酬という対価を得る契約だと言われています。
ある意味、芸能事務所と芸能人という個人事業主がお互い純粋なビジネス関係として契約をすることが想定されているようです。
しかしながら、このマネジメント契約は、双方ウィンウィンを目指すビジネス関係とは程遠く、力関係は、芸能事務所が遙かに強いことが多くなっています。
契約書自体、芸能事務所が所属芸能人を厳しく拘束する条項が盛り込まれがちになります。
例を挙げると、所属芸能人が所属事務所を辞めた後の芸能活動禁止期間の設定であるとか、マネジメント契約期間中の所属芸能人側からの解約に対する高額の違約金の設定です。
なお、芸能活動禁止期間の設定の法的問題については、以前のブログで若干触れていますのでご参考下さい。
違約金の設定は直ちに無効か
芸能事務所は、所属芸能人が無名の頃から、事務所経費を使ってレッスンをさせたり、プロモーションを積極的に行ったりして、多額のお金を投資します。
こういった芸能事務所側の費用負担があって、芸能人が売れるようになっていくという仕組みが多いため、芸能事務所としては、契約期間中に、所属芸能人が一方的に辞めたり、他の事務所に移籍したりすることに応じるわけにはいきません。
そこで、いわゆる投下した資本を確実に回収するために、マネジメント契約中に上述した拘束条項を盛り込んでいくわけです。
したがって、マネジメント契約上、契約期間中の解約について違約金の定めを置いて、投下資本の返還を求めることとし、所属芸能人の流出を防ごうとするのはある程度認められることとされています。
しかしながら、一方で、違約金の定めの内容が法外な金額を設定していたりして、芸能人を隷従させるのに近いものであるとすれば、事実上、相当な範囲を超える違約金額の部分は公序良俗に反し無効であるとされる場合もあるかと考えられます。
芸能人は個人事業主なのか、労働者なのか
それでは、芸能人の側は、マネジメント契約の中途解約にあたり、相当な範囲の違約金の支払を必ずしなければならないのでしょうか。
この点についても、芸能事務所と所属芸能人の間のマネジメント契約の内容であるとか所属中の契約実体を見た上で、芸能人が芸能事務所において労働者性を有するとみなされるのであれば、違約金の定めそのものの支払を免れることもあるかと思います。
マネジメント契約は、本来、芸能人を個人事業主のような形で捉え、この個人事業主である芸能人が自らの芸能技術を提供し、一方で芸能事務所が芸能人が芸能を発揮できるようマネジメントを提供するという形があるべき姿であることは、上述したところです。
したがって、本来、マネジメント契約は、雇用契約ではありませんし、芸能人は労働者でないという見方をされます。
しかし、芸能人が労働者でないとすれば、芸能人は芸能事務所の指揮監督を受けたりしないはずですし、仕事の選択も出来てよいような気がします。
ところが、実際はそうではなく、仕事の諾否の自由はないに等しく、芸能人の著作権類は芸能事務所に委ねられる内容となっており、芸能事務所の芸能人に対する拘束力や指揮監督が極めて強い状況も多いのではないでしょうか。
このような状況で、芸能人が報酬の支払を受けたりすることは、報酬とは名ばかりで、労務の提供を与えたことにより賃金を得ている労働者と何か変わるところがあるのでしょうか。
労働者とみなされる場合はどうなるか
そこで、上述したような状況の場合、実体上、所属芸能人が芸能事務所の労働者であるとみなされることもあり得ます。
労働者とみなされる場合、芸能人は、労働基準法による主張が可能になります。
労働基準法第14条1項に規定されるとおり、3年を超える契約期間は無効になりますし、労働基準法附則第137条によれば、労働契約の期間から1年を経過した後、解約の申入れをしても、損害賠償等の責任を負わないことになります。
また、労働基準法法第16条では、雇用契約における賠償予定の禁止が定められており、これに抵触するようであれば、違約金の定め自体が無効になる可能性があります。
注意すべきなのは、一般企業に見られる海外留学や資格のための修学費用返還制度のように、芸能人のレッスン費用等が同人の自主的な修学のために要した費用とみなされる場合です。
これについては、返還を要することになりますが、内容によっては、労働基準法附則第137条や労働基準法第16条によって、適用が回避されることもあり得ることです。
したがって、契約の内容と実体が、修学にあたるようなものかどうかの吟味が必要です。
いずれにせよ、芸能人の労働者性の主張が奏功するのであれば、1年以上経過した契約では、損害賠償等の責任を負わないことから、この契約に付加された中途解約の違約金の支払義務はないということになり得ます。
また、1年経過していない契約だとしても、賠償予定の禁止規定から、契約上の違約金の支払を拒否できることになります(ただし、芸能人側の一方的な過失による退所の場合は相当な損害金を負う可能性はあります)。
契約の実体を見据えた扱いを
冒頭でも触れたとおり、芸能人と芸能事務所の力の差は大きく、芸能人が辞めた後でも、事務所は強い影響力を持っています。
この現実を見る限り、一部の別格の芸能人を除き、限りなく労働者に近い存在の芸能人も多く、これらの方々には、しかるべき保護を与えていくべきだろうと考えてしまうところです。
芸能人は、実力主義の世界であるとか、自主独立の気概を持てとか言われることもありますが、全てをその言葉だけで片付けられない側面もあることを理解しなければなりません。
※エンターテイメントをめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。
併せて、ご閲覧下さい。