スポーツ中の頭部外傷事故に責任は問えるか

 スポーツ競技中に競技者が頭部外傷事故に巻き込まれることはよく見られる事態です。

 柔道、空手、ボクシングなどの格闘技をはじめとして、サッカー、ラグビーなどの競技者間の接触プレーが生じやすいスポーツも、そのおそれがあります。

 

 頭部外傷事故は、脳震盪を起こしたり、急性硬膜下血腫を起こしたりすることがありますので、その後の適切な処置を怠ったり、回復後の競技復帰を急ぎすぎたりすると怖い後遺症が残ることもあります。

 このため、スポーツ中の脳震盪事故に関しては、その後の対応をどのようにすべきかの安全管理体制をしっかり敷いておくべきことが必要です。

 

 ただ、不幸にも、スポーツ中の頭部外傷事故事故により、その後遺症が残ったりした場合、競技者は、どのような相手方に損害賠償を請求することができるのでしょうか。

 

 

競技中の接触相手

 

 頭部外傷を起こす場合、自ら転倒したり、ボールを追っていて壁に頭をぶつけたりしたということもあり得ますが、多いのは、競技中の相手との接触によるものでしょう。

 格闘技であれば頭部への打撃であったりしますし、サッカーなどの球技であれば、ヘディングでボールを奪い合った際の衝突などが一例です。

 

 こういったスポーツ競技中の相手競技者に損害賠償請求をできるかという点になると、難しいところもあります。

 と言いますのも、スポーツ自体、必然的に危険な行為が内在せざるを得ない部分がありますので、競技に参加する当事者は、それぞれ、一定程度の危険を引受(覚悟)した上で、競技を行っており、その危険の範囲内から生じたケガについては、加害者に責任を問えないと考えられるからです。

 

 このため、競技内の一定のルールに従い、それを遵守した上で生じた事故に関しては、一切責任を問えないという結論に帰結することも考えられますが、ルールに従っていれば、どんな危険が生じても、それを引き受けていたと言えるとするのは、被害を受けた競技者には酷と言うものでしょう。

 

 そこで、裁判例は、競技者の属性であるとか、競技のルールであるとか、生じた傷害の程度を踏まえ、競技中に、競技者がどのような危険を予測し得、このような危険の回避をするための努力がなされたかなど、幾つかの具体的事情を、入念に吟味し、今回のケガについて、危険の引き受けがあったと言えるかどうか(責任を問えないとするかどうか)、ルールだけに捕らわれず判断をするようになっております。

 

 したがって、打撃や接触プレーなどが、当該スポーツのルール上許容された範囲内のものであったとしても、その競技のプレーに内在する危険の程度を踏まえ、当該プレーが通常内在する危険を超過する危険を招くものだとすれば、この危険な結果を回避する十分な配慮がなされていない限り、加害選手側が損害賠償義務を負うことが考えられます。

 

 ただ、スポーツ中のワンプレー、ワンプレーはギリギリのせめぎ合いの状況の中、行われるものですので、その結果の回避を図るというのは難しい部分があるのは当然です。

 このため、プレーの悪質性の度合との兼ね合いにもなりますが、一般の不法行為の事例よりも加害者の結果回避義務違反が認められるシーンがある程度限定される(狭められる)ということになるでしょう。

 

競技の運営者や指導者・監督者など

 

 練習や競技の運営者や指導者・監督者などの管理者が危険性を予測せず適切な安全措置を施していなかったこと、不適切な指導に基づいていたことなどが原因で頭部外傷事故が発生した場合、当該事故で生じた競技者の損害賠償をこれら管理者や管理者の使用者(チーム運営者、大会運営者又は学校など)に問うことができると考えられます。


 また、頭部外傷事故の発生について、管理者に問題がなかったとしても、当該事故発生後、管理者が適切な措置を取らなかった結果、当該競技者が死亡したり、後遺症を残すことになったりした場合、事故後の不適切な対処をした監督管理者(及び監督管理者の使用者)に対し損害賠償責任を問うことも可能であると考えられます。


 後者の一例としては、頭部外傷による脳震盪が競技者に生じた後、漫然と競技者の体調管理を怠り、改めて試合に出場させた結果、更なる頭部衝撃で競技者にセカンドインパクト症候群による深刻な重度脳障害を負わせることになったものが想定されます。

 

 ちなみに、セカンドインパクトとは、脳震盪のような頭部外傷を受け、数日から数週間のうちに、更なる頭部外傷を受けると、致命的な脳腫脹をきたすことがあると言われているものです。

 このため、競技者に脳震盪が生じた後、当人の意識がしっかりしていたとしても、その場で試合や練習に復帰させるのでなく、医療機関などでのメディカルチェックを受けさせて、医師の指導の下、休養させ、競技者の復帰時期を見定めていくのが常道とされています。

 これを怠り、重篤な脳障害を負わせる結果となったのであれば、監督・指導する側の立場としての責任が生ずると言わざるを得ません。


頭部外傷への入念な対処と競技者間でのリスペクトを


 以上のとおり、スポーツ中の頭部外傷事故は、時に重大な脳障害や死亡を惹起するものであり、監督指導する立場にある方々としては、頭部外傷事故の発生を未然に防ぐべく最善の努力を尽くさなければなりませんし、万一、そのような事故が起こった場合、更なる重症化を防ぐべく、適切な指導・対応を取る必要があります(事故が起こった場合の対処方針を定め、訓練しておくことも必要でしょう。)。

 

 また、プレーの内容によっては、加害競技者自身が個人として責任を負うこともありますので、競技者の皆様としては、きわどいプレーを求められる場面もあるかと思いますが、お互いをリスペクトし合い、自分が行われて危険だと思われるプレーを見極め、このようなプレーを行わないように実践することが重要かと考えます。

 

※スポーツをめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。  

 併せて、ご閲覧下さい。


 「スポーツ仲裁とは一体どんな手続?」

 「プロ野球の年棒制とは」

 「スポーツ選手のスポンサー契約について」

 「ドーピングを指摘された競技者が争うには」

 「スポーツ観戦中のケガと損害賠償‐ファウルボール訴訟からわかること」

 「スポーツチーム活動を手伝った保護者が責任を問われることも」

 


 

 

2024年06月03日