会社に貢献されてきた取締役の方が退任されるということになれば、当該取締役に対して退職慰労金を支払うかどうかという話が出てきます。
特に小さい会社などでは、会社法による原則やそれから生じる判例・解釈など、特に気にすることなく、漫然と退任取締役の退職慰労金を払っていることもよくあるのではないでしょうか。
しかし、今まで支払をしてきた退職慰労金、本当に、問題がないのでしょうか。
この点、会社法や裁判例に基づき、正しい退職慰労金の支給の仕方をおさらいしてみましょう。
会社法の原則
会社法第361条1項は、「取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)について」、定款または株主総会の決議によって、その額又は具体的算定方法を定めることとしています。
上記の報酬等には、退職慰労金も含まれるものと解されておりますので、退職慰労金を取締役に支給するには、定款の定めか、都度の株主総会決議が必要です。
そして、通常、定款で、退職慰労金の定めを置いている会社は少ないでしょうから、多くの会社では、株主総会決議が必須となります。
取締役会への一任が認められるのは
株主総会で退職慰労金の額か具体的算定方法を明示して議決しなければならないということに抵抗のある会社も多いかもしれません。
具体的な数字等を示すのは、生々しすぎて、気が引けるという日本人気質のようなものも影響しているのかもしれません。
そこで、一般的に、多くの会社では、取締役の退職慰労金を決議するにあたって、具体的金額・時期・方法等を取締役会に一任するという内容の一任決議をすることもよく見られます。
この一任決議を株主総会で決議しておけば、それで直ちに有効と考えて、安心してはいけません。
と言いますのも、取締役会に全てお任せということになってしまうと、取締役会が自由に金額を決められて、いわゆるお手盛りという状態になるおそれがあるからです。
このため、取締役会に一任するにしても、退職慰労金を支給するにあたり、具体的で明確に示された一定の基準が、退職慰労金規程なり、慣行なりで、確立されていなければなりません。
こういった基準が確立されていて、はじめて、お手盛りが防止できることになります。
また、基準が確立されているだけでは足りず、株主が当該基準を知り得る措置(株主が閲覧できるようにされているなど。)を講じておかなければなりません。
株主が総会決議を行うにあたり、基準を知り得る余地がなければ、取締役会に一任する判断もしようがないのは、自明だからです。
このような措置が取られていなければ、退職慰労金の支給を議案とする総会の参考書類などに基準を示しておくなどのきめ細かい対応が求められるでしょう。
株主総会で不支給とされたら
上記のような原則である以上、一定の基準があっても、株主総会で否決されてしまうと、会社としては、退任する取締役に退職慰労金を支払えません。
とは言え、退職慰労金は、在職期間の特別の功労への感謝という性質の他に、報酬の後払いとしての性質も含まれているものと考えられます。
退任した取締役としては、なんとか支払をしてもらいたいと考えるでしょう。
それでは、総会決議で否決されても退職慰労金を求める余地がある場合を検討してみましょう。
まず、これは取締役の退職慰労金そのものとは異なりますが、使用人兼取締役であった場合、使用人としての退職も同時であれば、使用人としての退職慰労金部分を請求することができます。
もちろん、使用人に対する退職慰労金に関する規程があるのかや、確立した慣行があるのかという前提が必要ですので、この点は、注意が必要です。
次に、会社がオーナー株主である代表取締役によって運営されており、退任した取締役と会社の間で、取締役就任時に内規による退職慰労金支給に関する約束があった場合です。
この場合、総会決議と言っても、事実上、オーナー株主の判断一つで、退職慰労金の支給も不支給も思うがままです。
しかし、このようなことをされては、約束を反故にされた退任取締役にとって、たまったものではありません。
そこで、このようなオーナー株主が他の取締役の就任時に内規による退職慰労金の支払を確約していたにもかかわらず、当該取締役の退任時に翻して、退職慰労金を払わないという総会決議をすることは、当該取締役に対する不法行為であるとして、退任取締役のオーナー株主等に対する損害賠償請求を認めた裁判例もあります(平成23年1月20日佐賀地裁判決)。
不支給とされた取締役としては、上記事例のとおり、株主総会決議がないとしても、特段の事情がある場合は、退職慰労金相当額の損害賠償請求をし得るのではないかということを考えていくべきでしょう。
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