サルの自撮り訴訟で和解

 サルが写真家のカメラを使って自らを撮影した写真の著作権が、写真家にあるのか、サルにあるのか争われていた訴訟が、動物愛護団体の提訴によりアメリカの連邦裁判所で行われていました。

 この度、写真家と動物愛護団体間で和解が成立したとのことです。

 写真を使った著作物の収益の一部について、写真家はサルの保護のために寄付するとの内容です。

 

 この裁判の話題を読んだ際、率直に思うのは、かなり無理な提訴だったなということでしょうか。

 

 第1に、サルの著作権という発想。

 権利の主体となり得るのは、自然人、つまりは人間か、法人、つまりは会社等のみという法律上の理屈からすれば、サルに著作権があるというのは、強い違和感を覚えます。

 むしろ、サルに著作権がないのは当然とし、問題点は、写真家自身に著作権があったかどうか。

 すなわち、パブリックドメイン(著作権の及ばない作品)であったかどうかの方が、焦点を合わせやすい訴訟だと思います。

 

 第2に、動物愛護団体が提訴という点。

 サルに著作権があるとして、何故に動物愛護団体がその権利主張をサルに代わって行えるのかということです。

 サルから代理権を授与されるということも考えられませんし、数ある動物愛護団体がある中、どうして当該動物愛護団体だけがサルの権利主張をできるのかもわかりません。

 

 連邦地裁の判決は、当たり前のように、サルに著作権は認められないとして、動物愛護団体が敗訴しました。

 そこで、同団体が、控訴し、控訴審での審理中となりました。

 こういう経緯での和解ですが、和解せず、判決となれば、結局、写真家が控訴審でも勝訴していたのは、ほぼ間違いないのではないでしょうか。

 

 私自身は、荒唐無稽だと思う今回のテーマですが、昨今では、いろいろな考え方が出て来ているようです。

 動物そのものに法的権利を与えるべきであるとかいう問題もそうですが、AI等の機械による創作物の著作権が誰にあるのかという近未来的な問題もあるようです。

 

 将来的に、どのような考えが趨勢となってくるのかわかりません。

 しかし、動物は、法的権利の主体となりうるとは考えにくく(誰がその権利を行使するのかの問題も絡むため。)、やはり、人間の側で、動物を虐待しないための制度を作っていくべきものだと思います。

 また、AI等の機械での創作物の著作権についても、こういった機械を管理運用する主体自身に著作権が付与されれば足りるものと思っています。

 

 

2017年09月15日